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浦和地方裁判所越谷支部 昭和55年(わ)257号 判決

主文

被告人を禁錮一年二月に処する。

この裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  酒気を帯び、呼気一リットルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で昭和五四年一二月二三日午前三時ころ、埼玉県北葛飾郡杉戸町大字下野八二三番地八付近道路において、普通乗用自動車を運転し、

第二  前記日時・場所において、業務として前記車両を運転し、幸手町方面から岩槻市方面に向け進行中、同所付近は最高速度四〇キロメートル毎時に指定されているうえ左右にゆるく湾曲していたのであるから制限速度内の速度で進行し急激なハンドル操作を避けるべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、時速約八〇キロメートルの高速度で進行し約一〇〇メートル前方に進行してくる対向車が自車の進路上を走行してくるものと思いこみ右に転把して自車を道路右側部分に進行させたところ、右対向車が約四六メートル前方の対向車線上を進行してくるのを認め左に急転把し自車を左路外に逸出させそうになるや、さらに右急転把した過失により、自車を右前方に暴走させて道路右端に生えている松の木に自車左側部を激突させ、よって自車の同乗者川上清和(当二二年)に脳挫傷等の傷害を負わせたうえ同日午前六時一九分ころ、同町内田一丁目一番地二〇鳥居整形外科医院において、右傷害に基づき死亡するにいたらせ

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、判示第一の事実について、本件酒気帯び程度の検査の検知方法は極めて不正確である。すなわち、呼気の採取は所定の風船に呼気一リットルを吹き込ませて行なうべきであるのに被告人に意識がなかったため、その同意も得ずに風船を用いずビニール袋に替えて呼気を採取したものであり、採取した呼気の量も一リットルなのか、二リットルなのか又それ以上なのか明らかでなく、またうがいもさせずに呼気を採取し、これを検知したものである。右呼気の採取および検知方法は違法であるばかりでなく、検知の結果も真実を表示しておらず呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム未満の疑いがある趣旨を主張する。

《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

杉戸警察署の警察官である津田利治および富田博明は、本件事故当日である昭和五四年一二月二三日当直勤務していたところ同日午前三時ころ本件事故発生の連絡を受け現場に赴いたが、すでに被告人および被害者とも判示第二記載の鳥居整形外科医院に収容されていたので同日午前四時四五分ころ同医院に赴きベッドに横たわっていた被告人に近づいたところ被告人の呼気から酒臭を感じたうえ被告人を同医院に運んだ救急隊員からも被告人が飲酒している旨聞いたので飲酒運転の疑いを抱き被告人の呼気検査を実施しようとしたが、当時被告人はベッド上でうわごとを言うなど殆んど意識不明の状態であったので通常の呼気採取の方法であるゴム風船に呼気を排出させて採取することは不可能であった。ところで本件事故は同日午前三時ころ発生したものであり、すでに約一時間四五分も経過しており、被告人の体内に残留するアルコールの量は時間の経過とともに急速に減少、消失していくおそれがあるだけでなく被告人の前記状態など考えると早急に酒気帯びの有無の検査を実施する必要性があったが時間的関係などから、尿、血液などを採取するための令状を早急に得ることは困難であった。そこで、津田らは被告人が息を荒くして呼吸しているのでビニール袋(泥酔者用のビニール風船のノズルを取り除いたもの、なお、本件の場合道路交通法六七条二項の適用される場合ではないから同法施行令二六条の二所定の風船に呼気を採取することは必ずしも要求されない。呼気を採取してする場合においても採取し検知が可能であれば足りる。)を被告人の口にあてて自然に排出される呼気を採取しようと考えて鳥居医師の了解を得て約一分間右ビニール袋を被告人の口にあてて呼気を採取し、これを検知管を通して検知したものであることがそれぞれ認められる。右事実によると、本件呼気採取の方法は、自然の呼気に伴って排出される呼気を短時間採出したものであって被告人の身体に何ら有形力を加えていないことはもちろん、被告人の意思をことさら制圧したり、被告人に苦痛を与えてもおらず、しかも尿を採取する場合のように被告人の差恥心や名誉を侵すこともなく、また血液を採取する場合のように被告人の人権を侵害するおそれも全くなく、さらに、医師の了解のもとに行なったものであって医師の治療行為を阻害もせず、被告人の健康状態を何らそこなうこともなかった。また、本件呼気採取の方法は、通常のそれに比し呼気以外の外気が混入しやすいため採取した呼気中のアルコールの濃度が外気によってうすめられ、より低く判定される可能性が高くその結果被告人に不利に作用する危険性がなく、当時の状況から考えると最も有効適切な方法であったというべく、これに本件呼気採取の必要性、緊急性を考えると本件呼気採取は被採取者の同意がなくとも任意捜査として許されるものと認めるのが相当である。

次に被告人から採取した呼気の量については、ビニール袋に採取した呼気の量が一リットル以上であったことが認められるが、前掲各証拠によれば、ビニール袋に採取した呼気検査のために検知管に通した量はほぼ一リットルであること、検査の結果呼気一リットルについて〇・五ミリグラム以上のアルコールが含まれていたことが明らかであるところ、前記のとおり本件呼気採取の方法では通常の方法による場合よりもアルコール濃度が低く判定される可能性が高いこと、当時の被告人の飲酒量を考慮すると呼気一リットルについて〇・五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有していたことは明らかである。

なお、被告人から呼気を採取する前にうがいをさせていないことは弁護人主張のとおりであるが、もともと呼気を採取する前に被採取者にうがいをさせるのは飲酒直後で口腔内にアルコール飲料が残存しているおそれがある場合および嘔吐して胃の内容物が口腔内に戻った場合などには口腔内のアルコールの影響により呼気検査の結果が被検査者に不利益な方向に不正確に作用するのでこれを防止するためである。したがって、右のような事情のない場合には必ずしもうがいをさせる必要がないものというべきところ、本件の場合には、呼気採取時には被告人が飲酒を終えてから三時間近くも経過しており、被告人の口腔内にアルコール飲料が残存しているおそれはなかったものというべく、また被告人が嘔吐したことを疑わせる事情は全くないことが前掲各証拠上明らかである。

以上の次第であるから弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

判示所為 第一 道路交通法六五条一項、一一九条一項七号の二、同法施行令四四条の三

第二 刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号

刑種の選択 判示第一の所為について懲役刑、判示第二の所為について禁錮刑

併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、四七条但書(重い判示第二の罪の刑に加重)

刑の執行猶予 刑法二五条一項一号

訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項本文

(裁判官 小林曻一)

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